今日リフォームの話があって、多摩ニュータウンに行って来ました。
ちょっと場所が分からなくて、ウロウロしてしまいましたが、
だだっ広い公園が閑散としています。ベンチに腰かけた老人がチラホラ。
今 多摩市の小学校は統・廃合が進んでいます。
多摩市に限らず当時の”団地”は子供が減っています。
少子化だけの話ではありません。
子供が独立してしまって、その親世代だけの暮らしになっています。
団地の”センター”部分の商店街は、シャッターが降りたまま。
大型店舗が出来たこともあるのでしょうが、商売が成り立たなければ仕方ないところ。
多摩ニュータウンに限らず、当時盛んに作られた公団団地はどこも似たり寄ったりの状況です。
4人家族で3DKが標準の”間取り”で、
結婚した子供夫婦が同居する事まで想定してなかったのでしょう。
”夢のニュータウン”が建物の耐久性はあるのに、次々建て替えられています。
学生の頃、建物の作り方ばかり習っていたわけではなく、都市計画も習っていた訳で、
イギリスの街作りを参考にしていたところが大きかったように記憶しています。
それが日本人の生活・暮らしに合っていたのかどうか?
半世紀・1世代で壊してしまうってのは、なんとももったいない話です。
長期優良住宅とか、100年住宅とか推奨しているようですが、
民間に求める前に国がやれっつ~の!まったく!!!
”都市計画”で思い出した事があります。
学生の頃当時建設途中の”筑波研究学園都市”に見学に行きました。
施設の説明を受けようとしていると、
自民党の議員団が来て「こっちが、先だ!!!」と宣っています。
”二階堂進””山東昭子”なんかいましたね。
そこで引率の助教授が、
「これからの日本を背負っていく学生が、これからの日本を作っていく勉強をしている。物見遊山で来ているあなたたちは、後にしなさい!!!」
ものすごい剣幕で言いきっています。
「すっげ~っ!」「大丈夫かな?」「別に、後でもいいけど」親の心、子知らず。
結局我々が先に、説明を受けました。
卒業設計は、当然その先生のゼミを受けました。
人生で、唯一尊敬できる先生です。
前田先生お元気でしょうか?